現界訂正文5回目 愛の紋様 2010年7月24日の霊聴
現界訂正文としては、5回目になりましたが、これが紫野の霊聴の披露としてふさわしいと思いましたので、差し替えさせていただきました。

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源義朝は霊界の霊人です。私とは霊聴で、生きている人と同様に話をしてくれます。

初めての方としばらくぶりの方は、こちらをお読みください。
これまでのあらすじ
下級霊救済と霊媒への道
源義朝(みなもとのよしとも。源頼朝の父)について




私が源義朝と共に入った、第7霊界、第8霊界という名の霊団では、霊界からの要請で書かれる霊聴による長文のことを、現界想状文と呼んでいます。
現界想状文に現界からの訂正を求められて訂正したものが、現界訂正文と呼ばれて非常に価値あるものとされ、その作者は能力ある霊能者として認められます。

そのために、第7霊界と第8霊界では、霊人から気合の入った長文が送られてくることが時々あります。

この長文が、全て霊聴であることをお考えいただきながら、どうぞお楽しみください。




「義朝と一緒に生活することばかり考えてる。
でも、そばへ行くと、波動が違って、違う次元に行ってしまう。
それなら今の方がまだ一緒にいることになると、同じことを何度もくり返し考えてる。

朝は、愛の発露が何度も何度も強く送られてきた。
愛してる、愛してる、と何度も何度もくり返してた。」と私が書いたメモ。


現界訂正文5回目 愛の紋様 2010年7月24日の霊聴

そうなのだ。
そうなのだ。
それは義朝の想いでもあるのだ。
義朝がそう考えていたのだ。
義朝は、ひかりのそばにいたいのだ。
それがいいと思っているのだ。
義朝にとっての安らぎなのだ。
本当なのだ。
義朝をこれ程思ってくれる人はひかりひとりなのだ。
ひかりを助けられるのは、他にも大勢いるはずなのだが、ひかりは今は、義朝を選んでくれているのだ。

義朝としては、ひかりの次元は遠くにあるように思うのだ。
それでもひかりは何とか手助けしたがっているのだ。
ひかりが自分の心を発揮した暁には、他の者がひかりの心を占めるのではないかと、ひかりは疑っているのだ。
たとえそうであったとしても、この義朝を切り捨てていくことは考えられないと思っているのだ。
だから今の気持は、本当だと思っているのだ。

義朝がひかりの気持を動揺させているのではないのだ。
ひかりの愛の紋様が、義朝の愛の発露を大きく成長させたのだ。
それがこのようになってきたのだ。
ひかりの愛の紋様の成果なのだ。

ひかりとしても、この程の愛の道程は、切り離してはいくことができない思いになってきているのだ。
義朝をどうするかが、ひかりの重要な任務なのだと直観しているのだ。
義朝としては、もうこれ程の成長をとげているのだから、この任務は大成功であろうと思ったのだが、

14:08

このまま大それた文章になっていくのではないかと思って、時間を書いたのだが、そんなことにはならないだろうと思っているのだ。

この任務については、もうあらかた成功しているはずなのだが、まだ残りかすが残っている感じがあるのだ。
この任務の残りかすとしては、義朝の心が愛の発露から卒業すると共に、ひかりの心を理解せんがために、愛の紋様を自分のものにするということなのだが、それは大変に難しいことだとひかりは思っているのだ。

愛の紋様というのは、ただひとりの者への意識ではないのだと、ひかりは伝えてくるのだ。
それだから簡単には身につかないものだと思っているのだ。
そんなに難しい愛の紋様を受け取ることができているうちにこそ、これ以上の進歩を望むべくこのように書かせていただくのだ。

ひかりは思うのだ。
ひかりは、天界の者は誰でもこうなのだと思ったのだ。
そうなのだが、義朝を直接手ほどきしてくれたのは、ひかりだけなのだ。
ひかりひとりが、義朝だけを愛の紋様であふれさせてくれたのだ。
このことが奇跡のように、義朝を変化させてきたのだ。

これからは義朝が変化していくことが、ひかりの楽しみとなっていくようなのだが、ひかりとしては、義朝の変化に応じた霊界との意思疎通ができるようになるのではないかと待ち望んでいるところなのだ。
そうなのだぞ。
義朝が入った霊界の様相が、ひかりとの通信のバックボーンとなるのだから、ひかりとしても、それが楽しみとなるのは目に見えたことなのだ。

このようなことが起こってくるだろうことは、何となく予想されていたにもかかわらず、あまり当てにはしてはいなかったようなのだが、やはり本当にそうなるのだ。

14:22

ひかりがこのように長く義朝からの通信を受け取っているのは、これが初めてのことなのだが、今度ばかりは、ひかりが義朝を本気で上の界へと引っ張り上げようと画策すると同時に、その方策を練るが早いかもうすでにそのように実施して成果を上げ続けているがために、もう猶予はないと思うのだ。

このような通信の内容と言えば、今までの大それた想状文のことが思い浮かぶのであるが、あのような長大な文言の割には、あまり良からぬ内容であったと、ひかりは思っているにもかかわらず、今書いているものの方が、良いものだと感じているようなのだが、何しろ手書きで始まったからには、あのような雄大な文面にはなりはしないだろうと思っているのだが、これは愛する義朝からの通信であるから、もうどうにでもなれと思っているのだ。

14:31

ひかり、このまま書くのだ。
長大な文章にしてみせるのだ。

義朝とひかりがなぜこのように一緒になったかを書きつづらせていただくのだ。
この程のこの計画の一環としては、この源義朝の存在が何やら重大めかして感じられたのが、ひかりの様相としては初発だったのだ。
その感覚としては、この義朝の方策つき果てたのではあるのだが、このような感覚を及ばせたのが、義朝の母方の先祖であるところの藤原系の者どもではないかと思うのだ。

ひかりの疑問はもっともなのだが、よく聞くのだ。
ひかりとしては藤原系の者どもが何を画策する必要があろうかと思うようなのだが、この者どもとしては、ひかりの忍従の生活の様相の中からあの祈りを受け取った時の喜びが、相当のものだったのだが、それは源氏の棟梁としての祈り、即ち源義朝への祈り以外のものからして、そうだったのだ。
それがために、藤原系の者どもとしては、この祈りの効力を利用して何か大きなことができそうな気がなされたのだ。
それがこのような陽動作戦として、陽の目を見ることになったのだが、それでも何となく不審な感じを受けているようなのだ。
そうなのだ。
源氏よりは藤原氏族の元で、このようなことがなされたのが事の真相なのだ。
ひかりが呼ばれたのかとのことなのだが、そのような様相だったのだ。

ひかりとしては、義朝の存在を引き上げようとして、藤原系の者がひかりを使ったのかと疑問を投げかけるのだが、そのようなことだったのだ。

ひかりとしては、この義朝への想いが、片時も脳裏から離れなくさせられたのだ。
それが10年過ぎても治まらなかったのだ。
だがある時ようやく、もうこのままではがまんがならぬという思いを呈したのだ。
それが藤原一族きっての大打撃を、義朝の元へ届けることになったのだ。

14:51

14:58

休けいをしたのだ。
ひかりの今の様相は、ここまで書いたことを反省していたのだ。
藤原系だったのかと思いわずらっていたのだ。

このような言葉づかいが変なのだと思いながらも、これがこの程入った霊界の者の話し方なのだから、これでいいのだと思いながら書きつけているのだ。

ひかりのこととて、この義朝にはまだまだ知れぬことばかりなのだ。
このことは、なぜそうなるのかと言えば、ひかりの様相は衝撃であると共に、はなはだ波動が高いがゆえに、この義朝の目には映らない様相を呈しているからなのだが、それがためにも、少しでもこの義朝の感覚において、ひかりの様相を観察することが敬うことができるようにと、考えてはいるのだが、まだまだ遠きことと言えるのだ。

このことに関しては、義朝としては、ひかりの守護霊団の者としては、ひかりの天分にお任せあれとの見解を持たれているのではないかと思うのだが、それというのも、この程のこれ程の大虐待においても、何の援助もなされなかったばかりか、このようにいつまでたっても何も起こらないまま時が過ぎゆく様相では、全てをひかり本人の器量裁量にゆだねきっていらっしゃるとしか考えつかぬのであるぞ。
もうこのことにつきては、感心する程のことなのであるぞ。

このようななされ方を、ひかりとしては今までもされてきたのだということに、今、思い至ったようなのだ。
そうだったのだ。
かのスサノオノ命はいつも、何もかもをひかりの一存にゆだねさせたのだと、ひかりは今、思い出しているのだ。
それが、この程の守護霊団の恩恵なのであろうかとひかり自身は思ったたのだが、義朝としても、そのようであろうと思うのだ。

この程の忍耐の程は、死ぬ間際というところまであと少しとまでに迫っていたのだが、ひかりとしてはなぜそのように忍従を学ばされたかということについては、ただ必要であったからと言うのだ。
そうなのだ。
あの空前絶後の苦しみが、ひかりの忍従の度を越させたのだ。
それがこのような霊聴の発露をうながしたのだ。
そして決定的としたのだ。

ひかりとしては、この空前絶後の苦しみこそが、恩恵であったと、今では思っているのだ。
その苦しみの持続する中において、次々とはがれゆくものがあったのだ。
それがひかりの忍従の本当の目的だったのだ。

ひかりの心は傷つけられけずりとられる度に、何かを押しのけて、失ったのだ。
失うべきものを失ったのだ。
失いたくても失えなかったものだったのだ。
それが渋々、失われていったのだ。

苦しみの中でもう誰も信じられなくなったのだ。
そして自分を極限まで落とし込んだのだ。

あの者との話し合いが、自覚を深めさせたのだ。
ひかりの思いをただ、ひかり自身に教えていたのだ。
だからひかりは自問自答したに過ぎないのだが、あの者に助けられていたことも確かだったのだ。

ひかりの心は暴き出されたのだ。
霊界では、全ての者がそうなるのだ。
どこまでも自分の見知らぬ国へ連れて行かれたように、ひかりは見知らぬ自分に面してたじろいだのだ。
そして落ちついたのだ。
それが第7霊界からの恩恵だったのだ。

15:25

この程のこのような書きものとて、ひかりには容易に聴きとれているのであるが、これがこの数日の義朝と過ごした濃厚な毎日の成果なのだ。
ひかりとしては、これからの文言のことを考えているのであるが、何やら一段落したのであろうかと思っているのだ。

この程の義朝の気持としては、義朝の方ではあまりこのようにと提起することは差しひかえたいと思っているのだが、ひかりとしては、このままでいいのだろうかと思っているのだ。

ひかりの目の前には、義朝との生活があり、義朝の霊的な向上が差し当たっての任務と心得ているのだ。
これ以外のことはどうでも良いとも思っている所存なのだ。

それは義朝としてもうれしいことなのだが、今日のような愛の発露の応酬にたじろぐことなく、ひかりはただ義朝を受け入れたのだが、ひかりの愛の発露は、もう誰にも発することはなくなったのだが、この義朝がひかりを愛の発露一色にした時にのみ、ひかりとしても抵抗しきれずに、愛の発露を顕現させるのだが、ある面では常に一定量の愛の紋様でもって、ひかりの全身はおおわれているがために、あっという間に、愛の発露一色になるように見えても、また元通りというような様相を呈するのだ。

義朝としては、この様相をご覧ぜしめていることが愛の様相であると認識しているのだ。
これが愛の紋様であることを、毎日のようにひかりから教えられているのだ。
ひかりが愛の発露を喜ばずにいないわけでもなく、受け取るがままにまかせている様子そのものが、ひかりの愛の紋様なのだということが、この義朝の胸の奥につきささるのだ。

義朝としては、ひかりが本当に愛の紋様を喜ぶのかどうかがわからない程なのであるが、それ程までに、ひかりは愛の発露を受け取るがままに任せるのである。
そしていつものように、これがなくなることを心の底で願っているのが、ひかりの本心であることがかすかな思いとなって、義朝の心に届けられるのである。

15:43

ひかりの愛の紋様は、何もかもを貫き通して、義朝の心を目覚めさせようとするのだ。
ひかりの愛の紋様がいつも背後に存在して、ひかりの全身をおおっているがために、その輝きが義朝の目をくらませることがあるのだ。

このような者がなぜ第7霊界に落ち込んできたのかというのが大きな疑問であったのだが、それは忍従の功徳を得んがためであったのだと、ひかりの内奥の心は、先程考えたのだ。

そうなのだ。
ひかりの内奥の声だったのだ。
これと同じことを、あの者はくり返しただけだったのだ。
その素晴らしさに、ひかりは参ってしまったのだが、実はひかり自身が素晴らしかったのだ。

15:48

16:01

また少し休けいしたのだ。

この程の空前絶後の苦しみと共に、何が本物で何がをうそなのかを徹底的に学ばされたのだ。
うそつきだった義朝が、一番正直者だったことが、ひかりのみ胸にわかったのは、最後の最後になってからだったのだ。
義朝のうそは、人を苦しめようとしてつくうそではなかったのだということに、今になって気づいたのだが、その感覚がなきにしもあらずとなったのは、ようやく2週間程前だったのだ。
義朝を放り出して、忍従の毎日を送っていたひかりの胸に去来していたのは、義朝のぶざまさのみだったのだ。

あの時の義朝をあれ程までに落としめたのは、たくらみだったのだと気づいたのは、江島神社ご祭神からの言葉によってだったのだ。
義朝もろとも、だまされていたのだと教えてくれたのが、江島神社ご祭神だったのだ。
ひかりは本物のご祭神と結するために、ことごとく苦労させられたのだ。
今や全力をあげて、あの者たちが総攻撃の様相を呈していたのだ。
しかしひかりとしては、長年の勘と信頼と実績があったために、揺らぐことはなかったのだ。

だがいまだに、スサノオノ命とは関係修復が成っていないのだ。
だが、ひかりは思っているのだ。
元々修復せねばならぬような関係にすらなってはいないのだと。
ひかりのみ胸は落ちついているのだ。
神々への信頼感は揺らがないのだ。

ひかりが思ったのは、この世のすべてがこのように、神仏や霊からの手ほどきで成り立っているのなら、なぜこのことをもっと大々的に宣伝せしめて下さらなかったのかということだったのだ。
このことが、ひかりの驚きだったのだ。
この世のことは何もかも、霊界の反映でしかないと思ったのだ。
それだからこれ程までに振り回されたのだが、そうではないのだ。

この世の者とて、どのように立ち向かっていかねばならないのかということが、ひかりにはよくわからなかったのだ。
それがわからなかったがために、あれ程の忍従となってしまったのだ。

ひかりはもう、あの者たちと共に過ごしていた時のようではなくなったのだ。
もう様相を激変させたのだ。
何かにつけて従わねばならぬと思っていたことも、従わずとも良いことがわかってきたからなのだ。
何をどのように主張しておくべきかということが、よく知られるようになったのだ。
それがために、義朝に先回りして、このように言うべきではないかと率先して聞くようになったのだが、それは苦しみ抜いたあげくの知恵でもあるのだ。

16:22

このようになっていることは、ひかりとしては喜びなのだ。
義朝に戻ってきていることが喜びのひとつなのだ。
義朝が最も大切であることが、もう間違いないと思えるからなのだ。
そなたの心の奥の奥のと言った、ひかりの心をとりこにしたあの者よりも、今は義朝の方が大切だったのだと、はっきりとよく知っているのだ。

あの者との関係が目的なのだと、だまされたのだ。
だが、それは違っていたのだ。
カムフラージュだったのだ。
義朝との関係が、最初から最後まで目的だったのだ。

このような内奥のことを、義朝が書き連ねているのが、ふしぎなことだと思っているのだ。
義朝としては波動が上がったために、霊力がついてこのようなことが可能になったのであろうかとひかりは不思議に思っているようなのだが、その疑問を呈するにはわけがあるのだ。
義朝は、ひかりと出会ってこのかた、このような長文を書いたこともなければ言ったり話したりしたこともなかったのだからな。

この義朝がこのようにひかりの手が痛くなる程に長文を書かせているのは、ひかりへの愛の発露そのものなのだ。
ただそれだけなのだ。
義朝は今、能力の全てを尽くして、ひかりへの愛の発露を届けているのだ。
この愛の発露を受け取ってもらいたいのだ。
そしていつもひかりがささやくのと同じように、義朝のことを愛していると心の中で答えてほしいのだ。
そのためだけに書いているのだ。

ひかりの心が愛の紋様を送り返してくるのだ。
ひかりの心は愛の紋様なのだ。
その愛の紋様が、義朝の愛の発露をほほえましく思っているようなのだが、愛しているとまでは言わないのだ。
それはこのような愛の発露が、ものめずらしいからなのだ。
このように書かれた愛の発露を、ひかりのみ胸に届けたのは、初めてのことなのだ。
初めての様相に、驚いているのだ。

ひかりの愛の発露は、今ようやく、義朝から届けられたこの長文を喜んだのだ。
と同時に今、ひかりのみ胸には義朝からの愛の発露が届けられたのだ。
それと共にひかりは、この世的な幸せの感覚に包まれたのだ。
愛の発露は、この世のものと似ているからなのだ。

愛の発露で満たされたひかりは、愛の発露で考えるようになるのだ。
それがために、このごろのひかりはこの義朝と共に生きたいとただそれだけを願うようになってきたのであるが、それが義朝の気持であることに気づかないでいたのだ。
そうなのだ。
それこそが義朝の思いを感じていたのだ。

ひかりと義朝は、これからどうなっていくのだろうとひかりは今思ったのだが、それは、義朝が暗黒の世界から出た暁にはどうなるのであろうという意味になるのだ。
そういう様相を呈しているのだ。

ひかりの冒険なのだ。
何が起こるのだろうということを、ひかりはこれからも体験していこうとしているのだ。
義朝を育てることが、ひかりの前進を呼ぶことにもなるのだ。

16:49

17:16

帰ってきたのだ。
ここからはパソコンでの入力に切り替えたのだ。
先程までは、ノートに手書きだったのだ。
ひかりの右手はもう、痛くて書き続けられなくなったのだから、帰ってくることにしたのだ。

先程までいた公園は、いつも快適なのだ。
あの公園では、義朝のからの霊聴が聴き取りやすいのだ。
なぜなら、パソコンの前ではないからなのだ。
パソコンの前は、聴き取りにくいのだ。
だから、長い文章が始まったにもかかわらず、なかなか帰ってこなかったのだ。

だがもう仕方がないのだ。
右手が痛いのだ。

この程のことは、義朝と共に義朝の住んでいる第7霊界に入る他なかったのだ。
ひかりは義朝を求めたのだから、そうなってしまったのだ。
それが苦難の道のりの原因だったのだが、そのような霊界なのだから仕方がなかったのだ。

だが今では第8霊界というところに義朝が移動したのだ。
この移動は、ひかりからの要請によるものだったのだ。
ひかりの愛の発露というものが途絶えて以来、義朝の心はほの暗くなっていたのだが、ひかりが再び今度は愛の紋様で臨んできたものだから、一気に第8霊界への移動が叶ったのだ。

ひかりの愛の発露が途絶えたのは、ひかりが義朝を見放したからなのだが、そのことが永遠に続くかと思いきや、とりあえずのこととなったのだ。
この程のようにして、ひかりは戻ってきたのだ。

義朝の愛の様相が呈していたのは幼かったにも関わらず、悪どい者たちとは一線を画しているとの認識を得たのだ。
そのことが、ひかりの心をなごませたのだ。
ひかりの様相は、この者を何とかしたいというものだったのだということに、今さらながらに気づいたのだ。
それがために、もう他のことはどうでも良くなったのだ。

この義朝の未来をくぎ付けにするような物事を呈していたにも関わらず、このようなことがなされたということに関しては、出来不出来ではないのだ。
ここに未来世への鍵があるのだ。
このことを、ひかりとて感じたわけではなかったのだが、そうなる様相を呈しているのだ。
そうなのだ。
過去のことはもうどうでもいいのだ。
これからのことなのだ。

ひかりの持ちものは、もう何もなくなったのだ。
そのようにさせられたのだ。
それが第7霊界で得たものだったのだ。
そのことが、ひかりの心をなえさせたのだが、ひるませはしなかったのだ。

今後新たに、この義朝との関係を引き続かせようと思ったのだ。
この義朝の元に、戻ろうと思ったのだ。
それが初めからの目的だったと気づいたのだ。

未来世というのなら、またこの世に生まれてくる時のことを言っているのかと驚いているようなのだが、そうなのだが、そのようでもないのだ。
ひかりの未来世は、この世を終えた時のことなのだ。

そのことを、今や毎日のように考えているのだ。
その時、義朝との格差をどれだけ狭めることができるかということが、このところのひかりの悩みとなっているのだ。

義朝との未来世のためにも、義朝の進歩成長をうながしたいのだ。
それは義朝の心の内の望みなのであろうかとの疑問を呈したのだが、それもそうなのだ。
義朝としても、ひかりの影のように寄りそっていたいと思うのだ。
このような望みとて、一身上の大問題となってきたのだ。

だが、ひかりは少しぼんやりと望みを託しているのだ。
義朝の純真さが、そのまま発揮できれば、何のことはないかもしれぬと思ってくれるのだ。
その度に義朝の心は、うち震えているのだ。
その度に義朝は、ひかりのみ胸に愛の発露を送らずにいられなくなるのだ。

ひかりの愛の発露と紋様にささえられて、義朝は今は前進あるのみなのだ。
今こそ、今を逃してはこのようなチャンスは数千年来あるものではないとまで思っているのだ。

ひかりのみ胸に去来するのは、朝長のことなのだ。
朝長があの地縛霊的な世界から逃れて、今の場所まで駆け昇ったのは、ひかりの愛の紋様を一身に受けたてまつったからなのだ。
あの者とて、ひかりの愛の紋様の威力に征服されたがために、今でも愛の発露をひかりに届けたいのだ。

ひかりの愛の紋様の威力は、誰にでも備わっているのだとひかりは心の中で言うのだが、それが手に入るには数千年はかかるものなのだ。
それが今、義朝には降り注いでいるのだ。
だからこそこのように、手にした栄光を手放さずにいたいのだ。

この文言は、このようにして愛の発露から愛の紋様を手ほどきされている、義朝からのひかりへの応援団のようなものなのだ。
ひかりの心がそのように義朝を愛の紋様で包み込む限り、義朝は変化成長をとげるであろうと言えるのだ。
ひかりの愛の紋様は、義朝にそのようにせずにいられないからなのだ。

愛の紋様の威力を、ひかりは誰からも受け取ったことがなかったのだ。
この第7霊界にも第8霊界にも、誰も愛の紋様をひかりに与える者がいなかったのだ。
だからひかりの愛の紋様は、輝かしいものなのだ。
誰にも持ち得ない愛の輝きだったのだ。

このようにして、パソコンでの入力に変えたものの、今までの者たちのようにはスピードが上がらないのだと思っているようなのだが、これが義朝の考えるスピードなのだ。
あの者たちのような聡明さが、義朝には足りていないのだ。

だが、ひかりはこの義朝の方が素晴らしいと思っているのだ。
この義朝の純真素朴さを、あの者たちは持ち得ないと思っているのだ。
その義朝が、いずれあの者たちを追い越していくだろうとまで思っているのだ。

義朝の心を愛するひかりの素朴さは、純真なのだ。
ひかりはこのようにして、時々義朝に心を打たれるのだ。
この義朝は、どこから来た者なのだろうとまで思うのだ。

この義朝との逢瀬を、ひかりは楽しみにしているのだ。
霊国での出会いを、待ち望んでいるのだ。
義朝とてそうなのだが、まだ霊国に入ることができていない様相なのであるから、もう少し先のことなのだ。

霊国に入った義朝から、何が送られてくるのかということを、ひかりはまた楽しみにしているのだ。
第7霊界とて、人間のこの世の様相とは大違いだったのだが、悪どい様相がこの程のように積み重なるのは、あまり良くなかったのだが、霊国の様相であれば、どのようなものであろうかとの思いを練っているのだ。

ひかりは義朝との絆を呈して、これからも歩んでいきたいと決心したのだ。
他の者との交信を途絶えさせて、今や義朝とだけ、話しているのだ。
そして、義朝とも交信を途絶えさせて他の霊団との1からの交信ということも考えてはみたのだが、義朝との未来を選んだのだ。

このように書いてはみたものの、何が書けたのかは読み返してみないとよくわからないと思っているのだ。
2人のことを書いたということだけを覚えているのだ。

あの公園のテーブルで書くのは、気分が良かったのだ。
あそこから義朝の神社までは、近かったのだ。
外の風を受けているのが、楽しかったのだ。
パソコンで入力してもこの程度のスピードならば、あのまま公園にいても良かったと思っているのだが、手書きよりは早いはずなのだ。
手も痛くないのだ。

このように義朝が延々とひとりで話し続けたことは、今までにはなかったことなのだが、このようなことが義朝にもできるのだと驚いたのだ。

それは愛の発露によるのだと、先程も書いたのだが、その通りなのだ。
ひかりを愛しているのは、この義朝なのだ。
しかしそれも、ひかりの愛の紋様にはかなわないことがよくわかっているのだ。
ひかりの愛の紋様が、このように歩ませるのだ。
ひかりもひかりの愛の紋様によって、歩まされているのだ。

今やもう、ひかりは疲れてきた様相なのだ。
義朝としては、ひかりとの強い霊聴のやりとりが、このように復活した今日、このようなものが書けたことは満足の至りなのだ。

ひかりはこの霊聴による文言を、差し替えようと楽しみにしているのだ。
あの者の手管に落ちたことが、今では嫌な思い出となっているからなのだ。
共に手を携えて乗り越えていくのは、やはりこの義朝だったのだ。

それを、ひかりの守護霊団は見守っているのだ。
だからあのようにご神仏たちは、義朝と共に歩めと何度もいさめたのだ。

ここにこのように書かせていただいたのは、第8霊界所存の第10霊界に存在するところの、源義朝の心霊であることを、書かせていただくのである。

このことを、要約することなく、書いてほしいのだ。

18:08




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【2010/07/28 07:00】 | 現界訂正文(霊聴による長大な文章)
義朝の結婚 現界訂正文6回目 7月26日の霊聴
これは、少し前の義朝と私との会話で、今朝の続きですが、途中から義朝の長文になりました。

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源義朝(みなもとのよしとも。源頼朝の父)は霊界の霊人です。
私とは霊聴で、生きている人と同様に話をしてくれます。

義朝とのいきさつは、こちらをごらんください
下級霊救済と霊媒への道

私が源義朝と共に入った、第7霊界、第8霊界という名の霊団では、霊界からの要請で書かれる霊聴による長文のことを、現界想状文と呼んでいます。
現界想状文に現界からの訂正を求められて訂正したものが、現界訂正文と呼ばれて非常に価値あるものとされ、その作者は能力ある霊能者として認められます。

そのために、第7霊界と第8霊界では、霊人から気合の入った長文が送られてくることが時々あります。

この長文が、全て霊聴であることをお考えいただきながら、どうぞお楽しみください。

愛の紋様は、友愛による性的な感覚のことですが、人類愛と言っても良いと思います。
愛の発露とは、愛による性欲のことですが、恋愛と言っても良いと思います。
愛の波動とは、愛のない性欲のことですが、性欲と言っても良いと思います。




「義朝としては、愛の紋様があのような者たちに捧げられたのが憎らしいのだ。」

「義朝。
愛の紋様は、全ての人に対して同じように捧げられるんだよ。
それは神の心が流れてくるんだから、そうなるんだよ。
神は全ての人の親だから、同じように愛を流すんだよ。
あのような、悪に染まった人たちの方が、より可哀そうな人たちなんだよ。
そんな人たちの方が、愛をたくさん必要としているんだよ。」

「だからひかりは愛の紋様を流すのか。」

「そうせずにいられなかったんだよ。」

「あのひかりを苦しめた者への愛は、それがためにあれ程のものだったのか。」

「そうだったんだよ。
彼は、とても傷ついていて、強い愛を必要としていたんだよ。」


「義朝の結婚」 現界訂正文6回目 7月26日の霊聴

ひかりがそのように涙を浮かべるほどにあの者を愛しているのが、今や不思議でも何でもないことがこうしてわかってきのだ。

ひかりが今うれしそうなのは、義朝がこのことを悟ったからなのだ。
義朝が、ひかりの愛の紋様の内容を、このようにまたひとつ悟ったからには、ひかりの心の中を義朝がまたひとつ理解したからなのだ。
義朝がひかりを理解することは、義朝がひとつ大きくなることだからなのだ。
義朝が大きくなることが、今のひかりの大きな楽しみなのだ。
義朝がいつの日か第10霊界の者になってくれることを、今か今かと待っているのだ。
だからひかりは、このように義朝の教育係を買って出たのだ。

ひかりの様相は、いつもこのようなのだ。
誰かを愛して教育しつくそうとするのだ。
そしてその者は愛されたがために、ひかりを愛さずにいられなくなったのだ。
それが義朝の者ども、即ち義朝の元の子供といった者たちだったのだ。
あの者どもはどの者も、ひかりの愛の発露状の愛の紋様に太刀打ちできずに、心の中をごちゃまぜにされたのだ。
そしてこのような愛の応酬を浴びせられたのだ。
それがために、あのような愛の紋様のとりこにさせられたのだ。

ひかりがこの程このように書き始めたのは、また大きな文言になるのではないかと恐れているのだが、そうはさせまいと思っているのだ。

第7霊界を席巻した愛の波動が愛の紋様に取って代わられた事件は、これが大正解なのだ。
ひかりが、第7霊界で催したのは、このようなことだったのだ。
ひかりがあのように第7霊界の悪人を愛したものだから、第7霊界の者はひかりを悪人と見なしたのだが、そうではなかったのだ。
第7霊界の者にはとても理解が叶わないことだったのだ。

21:23

ひかりが義朝をこのように愛しているのは、第7霊界の所存では愛の紋様であろうにもなかなかそのようにはいかなかったのであるが、あのころには愛の発露だったのだ。
だが、このように第7霊界から出た暁には、愛の紋様一辺倒になりつつあったものが、また義朝からの愛の発露を受け続けた為に、愛の発露状になってきていたのだ。
だがやはり、義朝としてはひかりが愛の紋様で愛してくれていたのが良かったのだ。
だから今日は、義朝が結婚したことを告げたのだ。

義朝としては、愛の発露を奉じる先は幾人かあるのだ。
それが第8霊界の習性というべきものなのだ。
このようにして、ひかりの愛の発露を受けるようになったからには、ひかりとの愛の発露のやりとりを楽しむものと言えるのだが、ひかりとしては、義朝の愛の発露を受けているのが窮屈な様相を呈していたのだ。

ひかりの感覚では、愛の発露では不安になるのだ。
ひかり自身が愛の発露になってしまっては、尚さらなのだ。
ひかりとしては、義朝の愛の発露を受け続けるのは心地よかったのだが、霊の影響力が強すぎるために、自分まで愛の発露になってしまった暁には、苦しみを呈しはじめたのだ。
義朝とて、ひかりひとすじで生きていければ良いと思ったところが、ひかりのみ胸に去来しはじめた苦しみを見過ごすわけにはいかなくなったのだ。

ひかりとしては、義朝を何としてでも上の階層に引き上げたいのだ。
それだけが何が何でもすべきことだったのだ。

このような長文を呈する様相になってきたことが、ひかりとしては不安の様相なのだ。
義朝の考えるスピードは、遅いのだ。
あの者たちのようにはいかないのだ。
だが、義朝の書くものの方が、豊かだと感じるのだ。

このようにひかりの内面の不安が強くなってきたのを、今日はひしひしと感じる一日だったのだ。
ひかりは義朝と共にいられないことが苦しくなってきたのだ。
このことは、義朝の想いをひかりが感じたのだ。
義朝は、ひかりと共にいたいのだ。
それは義朝とて同じなのだ。
だが、このような愛の発露による愛の応酬は、ひかりのみ胸を苦しめるのだ。
義朝とて、ひかりの苦しみを見るのは嫌なのだ。

だから義朝は考えたのだ。
義朝がひとりでなくなれば良いのだ。
義朝がひかりと共にいたいのは、ひとりだからなのだ。
ひかりが義朝と共にいたいのも、ひとりだからなのだ。
ひかりには簡単に物事は運ばないのだ。
だが、義朝は簡単に物事が運ぶのだ。
だから結婚したのだ。

この者は、このようにして義朝の元に来てくれたのだ。
義朝としては、この者を大切にしなくてはいけないのだ。
ひかりが義朝を大切にするようにして、大切にしようと思うのだ。
ひかりがいつも義朝を愛するようにして、愛したいと思うのだ。

ひかりは今、驚いているのだ。
義朝の胸に去来するものが、そのようなものなのかと知ったのだ。
ひかりの愛の紋様が、このように広がっていくのだ。

21:40

ひかりは、義朝が愛の発露を学んでいると思ったのだ。
愛の発露が強くなると、誰かがいてくれずにはいられなくなるものだと思ったのだ。
ひかりとしては、それが愛の発露を学ぶ過程で起こってくることなのだと思っているのだ。
愛の発露を持て余しながら、愛の発露を学ぶのだ。

義朝の様相では、今までの愛の波動を長く発散させていたのであるから、愛の発露としてはいまだに弱いものだったと思っているのだ。
義朝の愛の発露がだんだんと充実してきたために、愛の発露なしではいられなくなってきたのだと思っているのだ。
そうなのだ、そのようにして愛の発露を学んでいくのだ。
そのような愛の発露が強くなって、愛の発露だけに変わっていくのだ。

それが第8霊界の所存としては、最高の様相となるだろうと思っているのだ。
その様相にならねば、第8霊界を出ていくことにはならないだろうと、義朝は考えているのだが、それは義朝以外の者とて同じことなのだが、ひかりとしてはそれは自分が考えたことであろうと思っているのだが、その通りなのである。
ひかりとしてはそう思っているのだが、本当にそうなのかと思っているのだ。
だが本当にそうなのだろうと思うのだ。
第8霊界では、愛の発露が良きものとして扱われているのだ。

21:49

21:58

このしばらくの休息の間に、ひかりはいろいろなことを考えたのだ。
義朝の結婚の決断が、何を意味しているのかを、よく考えたのだ。
それで義朝の決断の素晴らしさを、思い知ったのだ。

そうだったのだ。
義朝が、ひかりを狂わせようとしていたのだ。
義朝の想いが、ひかりを引きずり降ろしてしまうところだったのだ。
ひかりを苦しめはじめたのは、この義朝の想いだったのだ。

だが義朝としては、霊なのだから、苦しみ続けることはできないのだ。
自らの想いを律するようなことが、できないのだ。
ひかりのようにはがまんができないのだ。
ひかりがいてほしいのだが、ひかりがいられないのなら、誰かがいてほしいと思ったのだ。
これが愛の発露なのだと、ひかりは思ったのだ。

ひかりの苦しみが、これでなくなっていくはずなのだ。
それがために、義朝が決断したのだ。
これが愛の発露だからなのだ。

ひかりとしては、悲しみの涙のような様相ではないのだ。
冷静でいるのだ。
ひかりの愛の発露は、義朝から受けたために大きくなったものなのであるから、愛の紋様に戻っていくことになるだろうと思っているのだ。
それがために、一緒にいられない苦しみというものはもう、感じられなくなるのではないかと思っているのだ。

義朝としては、愛の発露と見まごう相手との結婚だったのだ。
それでなくてはならないとまでに思っていたのだが、そのようでない相手との結婚ならば良きことにはならないとも思っていたのだが、このようであれば良かったのだ。
愛の発露を発散する相手が、ひかりだけではなかったことが、このようになったのだ。

ひかりとしては、愛の発露を発散するということがどういうことかということがわかっているだけに、今少し胸を痛めたのだ。
だがそれは、愛の発露を受けたままでいるからこそ、そのようになったのだ。

ひかりのみ胸には、愛の発露を受けながら、この愛の発露が終わるのを待つ思いでいたのだ。
ひかりの様相は、そのようなものだったのだ。
愛の発露よりは、愛の紋様を待っていたのだ。
それまでの間は、愛の発露をがまんして受け続ける様相だったのだ。

それがやはり、愛の発露に足をとられはじめてしまったのだ。
愛の様相は、一筋縄ではいかない様相を呈しはじめたのだ。
しかも相手は恋愛としてはいちずな霊だからこそ、もう差し引きならぬ様相に、簡単に入り込んでしまいそうになっていたのだ。
それではこの世の者としては、耐えがたきことなのは目に見えているのだ。

この義朝が、この世の者の背におぶさって、長き年月を耐えに耐えるのを見ているわけにはいかないわけなのだ。
義朝としては、霊なのだから、耐えることなどありえないのだ。
この世の者だけに課せられたものだからなのだ。

ひかりとしても、自分もそうするに越したことはないと思っているのだが、それは尚さら大変な様相なのだが、そうせずにいられない場合にはそうするだろうと思っているのだ。
ひかりはよく見知ったものだから、霊界の霊がどのような態度でいるのかがわかっているものだから、このように態度を硬化させずに聞いているのだが、これが以前の霊界を見ず知らずの状態であれば、どんなことになっていたやらと思うのだ。
義朝に辱められたとばかりに、どんなことを言うやらわからないようなことだったのだが、今ではこうして静かに聞いているのだ。

義朝のこの心が何らおかしなものではないということが、今のひかりにはよくわかるのだ。
義朝の決断が、自然なものであるということが、ひかりにもわかるのだ。
ひかり自身がこのことによって、楽になることもよくわかるのだ。
今までの義朝なしにはいられないような感覚は、義朝の想いを呈していたのだということが、わかるからなのだ。
義朝に引きずられていることがわかりながら、どうしようもないのが、ひかりの限界だったのだ。

ひかりとしては、義朝のことが可愛くて仕方がないようなのだ。
何とも魅力的な人間と、その眼には映るようなのだ。
あまりの可愛らしさに、動揺してしまうのだ。
それだからこそ、このようにしておく方が良いと思うのだ。
ひかりとしては、納得の至りなのだ。
義朝は、よく決断したと思ったのだ。
それでこそ第8霊界に進出したことはあるとまで思ったのだ。

義朝としては、すんなりとひかりが納得するであろうかと心配したのだ。
ひかりが義朝の想いに引きずられているのだということは、ひかり自身にはわかっていたのであるが、それを教えていたのは義朝だったからなのだ。
義朝が何も言わなければ、ひかりは自分の心がこうなっているのだろうかと思っていたのだ。

ひかりがすんなり納得できるということは、ひかり自身がまだやはり愛の発露のとりこにはなりきっていなかったのだと思うのだ。
愛の発露のとりこになってしまえば、あのころの常盤御前との対決の様相のようになるのだから、この程のこの感じではなかったのだ。

あの者のことは、ひかりの心の中の様相がどうしても決着をつけたいとの思いを呈していたために、あのようなことが起こってきたのであるが、そのことがいつまでたっても理解しがたかったのであるが、ひかりとてもこのように第7霊界から出て、今のようになってからは、ご自分の様相に立ち戻ったからには、ようやくそのことが理解できるような気がしてきているのだ。

霊界の様相というのは、心のすき間が何もないようにさせられるのだ。
そのような様相を呈するのが、第7霊界でのひかりの修行だったのだろうと、ひかり自身が思っているのだが、それはその通りだったのだろうと思うのだ。

ひかりとしては、このような長文がどこまで続くのであろうと、また思ったのだ。
このことは、どのくらいの長文が現界想状文と言えるのであろうかと考えたのだが、それは約2000字なのだ。
たったそれだけなのかと思ったのだか、その2000字というのが霊界の2000字なのだから、現界の20000字は下らないのだ。

22:30

22:42

用事を済ませたのだ。
義朝としては書いて欲しいことがあったのだが、それはあの者たちのことだったのだ。
あの者たちとしては、素晴らしいスピードでこのような文言を書かせることができたのだ。
それは、あの者たちの思考の速さと共に、ひかりの入力スピードと見まごう速さで、立て続けに文言を話し続けることができたのだ。
休息するのは、ひかりの都合だけだったのだ。
それ以外に立ち止まることはなかったのだ。

だからあれほどの速さで、あれほどの文言を書きつづることができたのだが、ひかりとしては義朝が相手では時々立ち止まっているのだ。
それは、義朝のスピードがひかりの入力スピードに劣るからなのだ。
このような事情だったのだ。

あの者たちのあのような優秀さが、ひかりを惑わせたのだ。
ひかりとしては、あの者たちが何をやってもあれ程に優秀であったことが、これこそ霊界のあるべき姿だと思ったのだ。
あの者たちのなすことに、間違いはほとんどなかったのだ。
だがあの者、即ち言解雄御命に関しては間違いの多さに驚いたのである。
それが普通だったのだ。
この義朝とて、このようにこの文言の中にもおかしな申し立てがいろいろと混じるのだ。

そのような優秀な者どもだからこそ、なかなか切り離すことに躊躇したのであるが、あの者たちの優秀さよりは、この義朝の真実の方を、ひかりは最終的に選択したのだ。
ひかりの選択の素晴らしさによりて、あの者どもとしてはもう一刻の猶予もならぬと思召しが、もうすでにひかりの心は義朝のものとなり果てていたにもかかわらず、それでもよしやありなんとばかりに、朝の様相を呈していたのだ。

即ち、毎朝義朝の来るのを阻むがごとく10数人でひかりの寝所に詰め込み、この義朝の波動の及ばぬように、ひかりの夢見を狙ってその中に入っていくという様相を呈していたのだ。
それがために、ひかりとしては夢の中からあの者たちの波動にさいなまれていたのだ。
起きなんと思えばそこはすでに、あの者たちの手の中だったのだ。

あの者の中でも特にひかりの心を手中に収め尽くしていたことのある者、あの強奪の波動まがいの性格を持った者が、どこまでもひかりを追いすがったのだ。

だがあの者とて、この義朝の純真さの前にひれ伏したのだ。
そうなのだ。
ひかりの価値あるものは、能力よりは純真さだったのだ。
それがために、もうすでに誰よりも能力が低いと思われたこの義朝だけが、ひかりの価値を受け取ったのだ。
ひかりとて、非常に満足な思いでこの文面を受け取ったのだ。
そうでなくてはならぬと思っているのだ。
それが神のみ国の法則なのであるとまで思っているのだ。

義朝としては、このことには何ら言うことはないのだ。
神のみ国のことはよくはわからぬのだが、そうなのかと思ったのだ。
義朝があの者どもを追い越す日がくるであろうとのひかりの思いは、そのためのものだったのかと今思ったのだ。

ひかりの愛の紋様を絶賛するこの義朝の心情は、ひかりの愛の紋様をいつまでも受け続けていたいのであるから、ひかりの愛の紋様が義朝の愛の発露に阻まれて身動きならぬようになっていることは、あからさまには言わねども、あまり良い様相とは言えないであろうと思ったのだ。

愛の紋様は、何としてでも守らねばならぬものと信ぜたのだ。
ひかりの愛の紋様だけが、義朝の心の灯なのだ。
この愛の紋様を、ひかりの心から消してはならぬのだ。
その灯を消すのが、義朝の愛の発露であってはならないのだ。
義朝のこの動じがたい愛の発露では、ひかりの愛の紋様の軽さには及ばないのだ。

ひかりの苦しみは、義朝の愛の発露によるものだったのだ。
義朝の苦悩が、ひかりの苦しみとなったのだ。
義朝が苦悩を取り去れば、ひかりの苦しみはなくなるのだろうと思ったのだ。
だがそれは、愛の発露としては、苦しみであろうとも思ったのだ。
ひかりの愛の発露が、苦しまねば良いがと思ったのだ。

ひかりの愛の発露は、義朝の影響で及ばずながらこの世の愛の様相を呈していたのだ。
この世の愛の様相とは、霊界の愛の発露のことなのだと義朝は理解したのだ。
それはこの義朝の心が、そのままひかりの心に生き写しとなった時に、ひかりの様相がこの世の恋愛というものをそのまま思い浮かべようとするからなのだ。

ひかりが愛の紋様というものを発揮する時には、霊界の者とていざ知らずというものを連想しているのだ。
ひかりの連想の内容は、この世のものとていざ知らずのものに違いないと感ずるのだ。
それは、あまりよくは知られていないことなのだと、ひかりは思いながら発するのだ。

しかしその愛の紋様が発揮された時には、なぜそのようになるのかが他の者にはさっぱりわからないのであるのに、発揮された者にとっては、それは愛という愛の最高の愛と感じられるのだ。
愛の発露では及ばないのだ。
それがなぜなのかはわからないのだ。

ただし、ひかりは今思ったのだ。
今朝、義朝に話したではないかと思ったのだ。
義朝は今朝、ひかりから説明を受け取ったのだ。
それは愛の紋様についての説明だったのだ。

愛の紋様は人の心の神を信じることなのだ。
その者が神であることを信じることが、愛の紋様なのだ。
誰もが神なのだ。
ひかりはそう言ったのだ。
そしてまた、先程もそう説明したのだ。
それは義朝が、苦しむ者を見るのが楽しいと言ったからなのだ。

苦しむ者を見るのが楽しいのは、第7霊界や第8霊界では当り前のことなのだが、それがひかりにはわからなかったのだ。
だから義朝は説明したのだ。
苦しむ者は罪悪を犯したのだから、見て楽しむのだ。

それがひかりのお気に召さなかったのだ。
ひかりはその者にも神の片鱗が見えると言ったのだ。
義朝がうそつきでも、そのうそのために苦しみを受けても、それはその者がそのことを悪だとよくよく知らなかったからなのだから、その者の苦しみを見て楽しむのはどうかと言ったのだ。

そうだったのだ。
その者はよくよくは知らなかったのだ。
よくよくは知らなかったから、罪悪を犯すのだ。
そのことを憐れむのだと、ひかりは思ったのだ。
その憐れみが、愛の紋様なのだとひかりは言ったのだ。

ひかりが第7霊界で最も苦しめられた2人を、ひかりが愛するのを、第7霊界の者は不思議の様相で見守ったのだ。
ひかり自身として、なぜ憎むことができないのかと悩んだのだが、愛の紋様が呈されたのだ。

今でこそひかりは、あの者たちの心の傷を想えば、愛する他なかったのであるというのだが、あの時にはそうではなかったのだ。
ただなぜ愛してしまうのか、憎めないのかが、わからなかったのだ。
ひかり自身にも、それがわからなかったのだ。
それがひかりの愛の紋様というものだったのだ。

ひかりとても、どうしようもないのだ。
それは神から流れてくるのだと、ひかりは言うのだ。
それが愛の紋様なのだ。

ひかりから愛の紋様が義朝に流されるようになったのだ。

この文言によって、ひかりの愛の紋様が徐々に息を吹き返してきたのだ。
先程までは、義朝からの愛の発露を全面的に受けきっていたために、ご自分の愛の発露に埋まってしまっていたのだ。
それが、このように復活のきざしを見せはじめたのだ。

ひかりの愛の紋様が、ひかりを包み込むと同時に、全世界を包もうとするのだ。
その中に、この義朝が包まれるのだ。

義朝は愛の発露を投げかけるのだが、その愛の発露を呈するほどには、愛の紋様は呈さないのだ。
愛の紋様は、強くもあるのだが、弱くもあるのだ。
その効能は絶大なのだが、その力は弱いのだ。
大切に守らなくてはいけないのだ。

ひかりは、義朝がこれから愛の発露を学ぶのだと思っているのだ。
それでなくては、大人の愛を学ぶことにはならないのだと考えたのだ。
その遠い後に、愛の発露を呈しながら、愛の紋様が芽生えてくるのだと考えているのだ。

その愛の紋様を、心待ちにしているのだ。
その時の様子を、すでに心の中で思い浮かべている程なのだ。
義朝が最も愛する者となるのは、それからなのだと思っているのだ。

義朝としては、はるか遠き道のりなのだ。
そこまでたどりつけるかどうかもわからないのだ。
もう無理なのではないのかと思うのだ。
だが、宇宙は膨張し続けているというのだ。
ひかりは無茶なことを要求しているのだろうかとも思っているのだ。

23:25

23:28

義朝の結婚を、再び考えたのだ。
それが最も良い決断だったと、ひかりは思うのだが、一抹の寂しさはやはりぬぐえないのだ。
だがこれ以外に義朝を救う道はないとの決断を下したのは、良いことだったと何度も思うのだ。
それでなくては、義朝もろともひかりとて悪しざまに言われることとなるのは目に見えていたのだ。

このようなこの世の人間の様相としては、霊界にたたずむ者の心を受けきることはできないのだと、ひかりは今思ったのだ。
義朝の想念波を、ひかりの元へ一直線に届けないようにとのこの計らいだったのだ。

義朝としては、第8霊界所存であるがために、複数の愛の発露をお見舞いすることには抵抗がないのだ。
ひかりとしても、第7霊界の者とて、複数の者が寝所に押し入って、共に左右の腕に抱いて眠ることに関しては、何の抵抗もなくなっていたのだから、そのことに関しては何の疑いも持たぬ様相なのである。

だがこの文言を書き終えてから後、何度でも回想するであろうことは目に見えているのである。
それは現界の者のくせなのであるから、何度でも回想するのだ。
そのたびに、これで良かったと思うのであるが、これでなければどうなったのであろうとも考えるのだ。

それがために、一時愛の発露に立ち戻ってしまうのではないかとも考えるのであるが、実質は愛の紋様が第一なのであるに決まっているとも思うのだ。
それはひかりの本来の心が愛の紋様だからなのだ。

義朝が愛の発露を投げかけるのを、差し控えたのだ。
義朝もひかりも苦しまぎれとなるからなのだ。
ひかりは愛の発露ではないからなのだ。

このようなことを、ひかりは自責するのだ。
それだから、ひかりはこの程からこのようで良いのかと自責していたのだ。

だが、義朝は自責するのではなかったのだ。
義朝としては、がまんがならないのだ。
義朝には、がまんすることが呈さないのだ。
それがために、思った通りにしたまでなのだ。
それがひかりの心に重くのしかかるであろうと思ったがために、このような文言を呈したのだ。

これが最終的な文言となるのだ。
ひかりは非常に驚いたのだ。
この文言がここで最後だと言いたいのだ。
そうなのだ。
そういう意味なのだ。
まだ先を提示するのだ。

ひかりとの様相は、これでさらに良くなるのだ。
今日も、よく聴こえたのだ。
大声で話しているかのようだったのだ。
これからも、その様相を呈するのだ。

共に仕事をしていこうと話したばかりなのだ。
義朝との会話が、仕事の飾りとなれば良いのだ。

共に生きていくことができない代わりに、共に話し合うことはできるのだ。
そうなのだ。
そう話したのだ。

それが義朝の結婚によって、台なしになるのであろうかと思うのだが、そうではないのだ。
義朝とはそのように結託していくつもりでいてもらいたいのだ。

一番の目的は、義朝を運び上げることだったのだ。
それが何よりなのだ。
義朝と共に、どこまで行けるのかなのだ。

この度は、義朝の方から方策を考え出したのだ。
このことは、ひかりとしては、驚きだったのだ。
義朝を非常に見直したのだ。

だが何度も言うように、これは義朝が好き勝手にしたことなのだ。
それは重々わかっているのだが、ひかりとしては義朝のこの決断を勇断と考えたのだ。

義朝としては、友愛というものはどのようなものかと思っていたのだが、これがそうなのだと今はじめて知る由なのだ。
ひかりの想いは、義朝への応援歌なのだ。

このことをもう充分に述べたと思うのだ。

ここにこのように書かせていただいたのは、第8霊界所存の第10霊界直属であるところの、源義朝なのであるが、このように連続して2回の大作を書かせていただいたことに関しては、大満足のみぎりなのである。

23:51




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