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石切神社ミーティング



この企画は、1週間ほど前に思いつきました。祈ららの祈りを進めていらっしゃる方が、これから生駒(いこま)山へ行くいうことを聞いて、ピンときてしまいました。

祈ららで長く祈っていらっしゃる方がお住まいの地域には、大抵私のカルマもあるので、私も個人的に祈る必要のある場所です。

生駒山は、まったく手付かずでした。重要な場所だという意識はありましたが、そのうち、そのうちで済ませていた所でした。これはちょうど良い機会なので、出かけてみることにしました。

そしてスケジュールの中に、生駒山から近い石切(いしきり)神社で、祈ららのメンバーとお会いする時間をとりました。

石切神社の本殿前は、いつもお百度参りをする人でいっぱいなので、はじめの参拝はさっと済ませて後でもう一度参拝することにして、上ノ宮へ向かいました。

ご祭神は、饒速日尊(にぎはやひのみこと)。とかくなぞの多い人ですが、一応天照大神の孫である、瓊々杵尊(ににぎのみこと)の兄とされています。

饒速日尊は、私の母の遠い先祖に当たります。

祈り始めると、何の用だという反応でしたが、途中からなかなか結構集中してきまして、好きなだけ祈りました。私がご祭神の縁者だということも、祈っているうちにわかったみたいです。

最後の方はエネルギーを入れてくれたので、体が回っていました。

上ノ宮の次は、境内の登美霊社(読み方不明)へ移動しました。饒速日尊のお妃、三炊屋媛(みかしきやひめ)が祀られています。ここへは2度目か3度目ですが、いつ来ても開いていません。閉まるのが早いそうです。

登美霊社の隣には、弟橘姫命(おとたちばなひめのみこと)を祀ったお社があり、手を合わせると優しく歓迎してくださいました。弟橘姫さんは、いつもにこやかで親切です。

最後に再び本殿で祈りました。ここには、饒速日尊の子で、物部(もののべ)一族の祖となった、可美真手命(うましまでのみこと)も祀られています。私の母は、可美真手命の異母兄の高倉下命(たかくらじのみこと)の系統です。でも、私は個人的に高倉下命よりも可美真手命の方に親しみを感じるんですが、その理由はわかりません。

私の体の中に霊的に入っている剣を下さった石上(いそのかみ)神宮は、物部一族の本拠地です。自分と物部一族との関係も、何かまだはっきりしない感じです。

そして神社を後にして、車で少し移動。

みなさん、神社参拝ではまだちょっと緊張感がありましたが、食事をして話し始めると、あっという間に打ち解けて、前々からの知り合いのように、積もる話を続けたような感じでした。仲間に会える機会は、少ないですからね~。それに世間的な遠慮を忘れて、思いきり祈りの話ができるのがうれしいんですね。

19日は、これで終わり。20日はまた、一日中あちこち参拝しました。カルマがどういうものなのか、よくわからないという方にも、興味深いお話ができるんじゃないかな~と思います。

 


 


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【2007/05/22 00:06】 | 神社仏閣参拝 1
物部守屋のお墓参り

大阪での2日目は、河内の国一宮・枚岡(ひらおか)神社、生駒山頂の龍光寺、生駒山をご神体とする往馬神社と参拝し、その後も生駒山の中のお寺を回るつもりでいたんですが、気が変わって、チェックはしていたものの行かない予定だった、八尾市の大聖勝軍寺に行くことにしました。

大聖勝軍寺は、蘇我・物部の戦いの跡地です。蘇我一族は仏教を取り入れようとしており、物部一族は神道の祭祀を司る一族だったので、対立していました。

戦いの時には、16歳の聖徳太子が軍を率いていました。聖徳太子は、この戦いにあたり、信貴山の毘沙門天に戦勝祈願をしていました。戦いで物部守屋(もののべもりや)に勝利した太子は、この地に大聖勝軍寺を建立しました。

ご本尊は如意輪観音。弁財天の変化(へんげ)です。祈った感じは、まあ普通でした。お寺の門の脇で「市民病院の前に物部守屋の墓がある」という説明を見て、そこへ行こうと思いました。

門の前にたどり着くと、守屋の喜びと自分の喜びとが入り交じって、涙が流れてきました。次々と・・・。守屋!ずっとずっと名前を知ったときから、お墓参りしたかった。

ふと周りを見ると、玉垣に書かれた神社の名前のすごさに気づきました。あちこちの県の神社庁、八坂神社、熊野那智大社、北海道神宮、寒川神社、石上神宮、石清水八幡宮、生田神社、長田神社、住吉大社、赤坂日枝神社・・・、その名前をひとつひとつ目で追いながら、涙が止まりませんでした。うれしい・・・。

特に、石清水八幡宮の名前を見た時はショックに似た喜びで、声を殺すことができませんでした。なんでだろ、鶴岡八幡宮じゃなくて石清水なのに。誰が喜んでるんだろ、自分?石清水八幡宮と物部守屋って、何か関係があるの?

ああ、守屋、良かったね。こんなにいっぱいの大きな神社から、手厚く葬ってもらって。

20~30分泣いていて、涙が少し落ち着いてきてから、買って来たお茶と、自分で食べるつもりで買っていたお菓子を供えて、祈りました。

守屋の気持ちが静かに落ち着いていくのがわかりました。ふたりで、やすらかな感覚にひたり、共感を楽しみました。

供養の時には、ひとつの感情をふたりで共有するんです。自分の感情は相手の感情であり、自分が今感じていることが、そのまま相手の心の内です。霊界の相手は感情を抑えるということをしませんから、供養の時には、よくぽろぽろ泣いてしまいます。相手の気持ちがそのまま、自分にコピーされているんです。

守屋は、当たり前かもしれませんが、自己実現や悟りやアセンションはできていませんでした。それが少し悲しかったです。その方向へ向かうように、祈りました。

後から考えて、今回の大阪の目的地は、生駒山というより、ここだったのだとわかりました。ここへ来るために、この合戦の敵方の守護仏だった、信貴山の毘沙門天に、まず祈ったのだとわかりました。敵方だったのだから、境内でカルマが出て当然でした。

そして次には、物部守屋の守護神であろう、守屋の先祖でもある饒速日尊に祈ったのでした。

私と石清水八幡宮との関係は、今まであまり良くありませんでした。何か堅苦しかったんです。でももしかしたら、関係が変わってきているのかもしれません。鶴岡八幡宮との関係が改善されてきているからなんでしょうか。

八幡宮の主祭神が女神であることを確信するようになって、私はその女神様との関係が深いことがわかってきていることも関係しているのかもしれません。

帰りの新幹線の中でいろいろと考えていると、このように伝わってきました。「多くの武士たちが敵も味方も私に祈り、私の旗を持って戦場へ赴きました。だから、私は武士たちを供養し、導くのです」それが祈ららの祈りです。

日本の戦いにご縁の深い人は、祈ららの祈りで安らげると思います。戦い傷つけた相手や、自分のために戦った家臣たちをひとりでも多く、このたびの次元上昇に間に合わせてあげてほしいと思います。地球とともに次元上昇しようとしているのは、この世だけでなく、霊界も一緒に行こうとしているんですから。その作業をしていると、自然に自分のカルマも消えていきます。

戦いにご縁が深いかどうかわからない?それは、この記事が気になる人だと思います。祈ららの祈りについては、こちら


 


 


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【2007/05/22 18:28】 | 神社仏閣参拝 1
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須佐之男命に守り導くと言われて22年。カルマ浄化、悟り、自己実現の後に、神や霊と会話しながらの生活になりました。

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